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ぼちぼち訪問看護 ~回想録~ その㉕ 眺めのいい部屋
こんにちは。看護部門・副管理者の大塚です。
訪問看護に携わって気が付けば20年余り・・。
「昔もあって、今も変わらないもの」「今までも、これからも大切にしたいもの」をぼちぼち綴ります。
Tさんのお宅に伺うと、いつものように娘さんが待っておられました。
Tさんの部屋は、窓から遠くに海が見える一番眺めのいい部屋です。
部屋に入ると、いつものようにTさんお気に入りのBGMが流れ、壁にはTさんが好きな花の写真やポスターがたくさん貼ってあります。
窓からの景色がTさんからも見えるよう、窓の近くに介護用ベッドが置かれています。
いつものように、私は娘さんと向かい合わせにベッドを挟むように立って、娘さんと一緒にTさんの身体をホットタオルで清拭し、お通じの具合を確認しおむつを交換。
ケアをしながら娘さんからTさんの最近の様子など聴きます。
Tさんに新しい寝巻を着せて、手足の爪や髪を整えます。
でも、今日はいつもと違う事が1つだけありました。
それは、Tさんが「亡くなられた」という事でした。
娘さんから、Tさんが息を引き取られたという連絡が入り、私はTさんをお見送りするための最後のケアの為に伺ったのでした。
娘さんから、一緒に手伝わせてほしいとの申し出がありましたので、いつものように娘さんと2人で最後のケアをさせていただきました。
「最初、私が初めて訪問看護の契約に伺ったのはずいぶん前になりますね。そして今日、最後の訪問をさせていただくのも私。本当にご縁がありますね。」と話しながら・・・。
Tさんと娘さんは、長年、母娘の2人きりで支え合って暮らしてこられました。
Tさんが寝たきりになられたとき、娘さんは仕事を辞めてお母さんの介護に専念することを決断されました。
娘さんにとって、大事な大事なお母さんでありましたが、24時間の介護はたやすい事ではありませんでした。
娘さんは体調の変動に一喜一憂し、常に不安や心配な気持ちが浮かんできます。
お母さんの為に良かれと思っても、ご本人は嫌で拒否をされる。一回の食事を1時間以上かけて介助する日々が続きます。
栄養と水分が、吸い飲みで少しずつしか飲めなくなった時、娘さんは
『私が、飲ませる事をあきらめてしまったら、その分母の命が短くなると思うと、やめられない。
でも、私が「一日でも長く生きていて欲しい」と思う気持ちを母に押し付けているだけかもしれない。
母は「早く逝きたい」と思っているかもしれない。』
苦悩を打ち明けられた時もありました。
ちょうど1年ほど前、危篤状態になられた時の事です。
これから起こる身体の変化についての説明をさせていただいた際に、亡くなられたときの衣類や遺影のお写真の準備などについてもお話しさせていただきました。
娘さんは、沢山あるお母さんの思い出の写真の中から一枚を選んで遺影を作成されました。
それは、Tさんがお元気で今より少し若い頃のお写真で、優しく微笑まれた素敵な写真が出来上がりました。額縁も白くて上品な感じでした。
その後、Tさんは回復され、娘さんとは「早すぎたわね。」としばらく笑い話のネタになったことは言うまでもありません。
せっかく作ったからと、いつの頃からかTさんの部屋に飾られるようになりました。
・・・・
娘さんと色々な昔話をしながら、最後にTさんの顔に薄化粧をすると、まるで眠ってらっしゃるように見えました。
いつものようにベッドの側ではこの1年間、娘さんを見守り続けてきた遺影の中のTさんが、静かに微笑んでいました。
窓の外はすっかり日が暮れて、遠くにぽつぽつと灯りが浮かんでいました。